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【アラベスク】  第5章 古都の夢



第3節 仮面の下 [14]




 どんな姿を、見せてくれる?

 長い睫毛の、その奥の瞳。まっすぐに見据えながら、慎二は心内で問いかける。

「もしあなたに好意を持ってしまったら、傷つくのは彼女だわ」

 智論の言葉に、無意識に即答していた。

「そんなコトには、ならないさ」

 なぜ?
 自問する。
 なぜ、そう思う?
 頭の隅で、自分を睨みつける鋭い双眸が揺れている。初めて対峙した時の、あの獣のような激しい視線。
 女はみな浅慮(せんりょ)狡猾(こうかつ)。自分へ向けられるのは、財力とこの涼しい風貌への羨望と欲望。
 そう決め付けていた慎二の定義に、(いかずち)のように突き刺さった猜疑(さいぎ)の眼差し。
 大迫美鶴の、第一声。
 そう、その眼差しは、声だった。
 訝しげに見上げる美鶴の瞳が、慎二の胸を熱くした。
 唐渓に入学して半年ほど。冷え切った周囲との関係に開き直りながら、ただ誰に対しても下卑た視線を投げ飛ばしていた美鶴の態度が、よもや慎二の気を引くことになっていたとは。

 俺を疑うのか?

 背筋が熱くなるのを感じた。
 そうだ。俺を見かけで(はか)ることはできない。
 事あるごとに気にかけてくる母親。甘い香りで近寄る女性。
 みんなみんな、騙されている。
「世間知らずの、おバカさんっ」
 けたたましい笑い声と共に、降り注がれる侮蔑の言葉。あの女は、そうやって慎二を嘲笑った。
 そうだ。俺はおバカさん。本物の愛なんてモノを信じた、くだらない世間知らず。
 俺こそが浅慮で、俺こそが暗愚(あんぐ)
 ならばいっそ、(しん)の底まで落魄(おちぶ)れよう。
 背にまわした掌に力を込める。ほっそりとした身体が、腕の中に閉じ込められる。黒々とした睫毛と、唇が震える。
 そのお互いが重なるのは、もう本当に時間の問題。
 あの瞳が俺に持たせた、根拠のない期待。
 俺を見透かす女もいる。
 そんな期待を持ってしまったから、慎二は美鶴に興味を持った。
 だが、根拠はない。
 智論の言うように、この少女もまた他の女性のように、俺のミテクレに惑わされているのだとしたら?
 わからない。
 この少女が、俺の望む女性なのかどうか?

 だったら、試してみようじゃないか。

 涼しげな瞳を細め、甘く柔らかに見つめて魅せる。
 パーティー会場で一人浮くのが心細いから? よくそんなくだらない理由を思いついたものだ。自分で言って、笑ってしまう。
 同時に、そんな陳腐な理由でホイホイと京都まで付いてきた美鶴に、やや落胆もしていた。
 この少女も、同じなのか?
 わからない。
 ならば、試してみようじゃないか。
 そうだ。女を堕とすなど他愛もない。夜な夜なの所業を駆使すれば、相手が女でも問題はない。そう、相手が女でも―――

 低劣(ていれつ)な己が、今の慎二には心地よい。

 さぁ どうする?
 卑陋(ひろう)な声で問いかける。
 俺に好意を持つヤツは、浅はかな下心を潜ませる悪女か、男を見る目の曇った愚女か。

 大迫美鶴
 さぁ君に、この俺を見抜くことができるかな?


 かっ かっ かすっ
 それが言葉になっているのかいないのか、美鶴にはそれすらもわからない。
 ただもう頭が真っ白で、何がどうなっているのか。
 ガクガクと震える全身の中で、背にまわされた掌だけが熱い。燃えるように熱い。
 熱い――――
 もはや自力で己を支えることもできない美鶴の身体を、二本の腕が抱え込む。指に力を加えながら、腰を支え、背の手が徐々に肩へとズレる。
 背中の手が…………
 ―――――――っ!

 聡っ!

 気付いた時には、突き飛ばしていた。







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